従業員12名、精密部品加工を主力とするB社。
旋盤・マシニングセンタが並ぶ工場の一角に、五軸マシニングセンタが1台ありました。
導入して8年。
その機械を動かせるのは、ベテラン職人の田中さん(仮名)ただ1人でした。
段取りもプログラムも、すべて田中さんの頭の中にある。
会社として誇れる技術の象徴でもあった。
ところがある春、田中さんが体調を崩しました。
2週間の入院。五軸は静かに止まったままでした。
その2週間で、B社の経営者が気づいたことがあります。
「この機械、田中さんがいなければただの鉄の塊だ」と。
この記事では、B社の経緯をもとに、なぜ技術者依存が経営リスクになるのか、どのタイミングで売却を判断するのかを整理します。
五軸マシニングセンタの体制や売却判断に迷っている場合は、まずは現状整理からでも構いません。お気軽にご相談ください。
【重要なお断り】
本記事は守秘義務の観点から大幅にフィクションとして再構成したものです。あくまで「判断の参考事例」としてお読みください。
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なぜ「技術の象徴」がリスクになったのか
属人化した段取りとプログラム
五軸マシニングセンタは「同時5軸制御」によって、複雑形状の部品を一度のセッティングで仕上げられる機械です。
段取り回数を削減しながら高精度な加工ができる点が強みです。
ただし、その強みを引き出すには高度なスキルが必要です。
CAMソフトでのパス生成、ワーク固定の治具設計、機械ごとのクセを踏まえた微調整。
これらはマニュアル化が難しく、経験の積み重ねで成立している部分が多い。
B社では田中さんが段取りの手順を書き残すことも、プログラムに注釈を入れることもなかった。
悪意があったわけではありません。
「自分がやれば早い」という職人気質と、日々の業務に追われる現場の空気がそうさせていた。
多品種少量と五軸の相性
B社の受注の多くは、品種が多く1ロットが少ない案件でした。
多品種少量加工では、案件ごとに段取りが変わります。
五軸の場合、段取り変更のたびにCAMプログラムの修正・治具の組み替え・試し加工が必要になることがあります。
その工数が見積もりに乗りきらないことも多かった。
「田中さんがいるから成立している」という案件が、実際にいくつかあった。
それが会社の強みであると同時に、田中さん1名への集中を意味していました。
暗黙知が会社資産になっていなかった
B社には、五軸加工に関するマニュアルも、標準段取り手順書もありませんでした。
加工実績データも、田中さんが個人で管理するノートに記録されているだけでした。
この状態は、技術が「会社の資産」ではなく「個人の資産」になっていることを意味します。
田中さんが動けなくなった瞬間に、五軸加工の全知識が止まった。
B社の経営者はこのとき初めて、「うちに五軸の技術はない。田中さんの技術があるだけだ」と実感しました。
五軸が悪いわけではありません。
問題は、技術の継承と資産化ができていなかった、という構造の問題です。
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決断できなかった本当の理由
「うちは高度加工が強み」という自負
B社が五軸を導入したのは、「3軸では取れない案件を取るため」でした。
実際、導入後に航空部品系の取引先が1社増えました。
「うちには五軸がある」という言葉は、顧客への営業でも、採用面接でも使っていた。
小規模工場において、五軸の存在は技術力の証明であり、会社の看板でもあった。
その看板を自分で下ろすことへの抵抗は、経営判断以前の感情的な問題でした。
「五軸を手放す=高度加工から撤退する」という感覚が、判断を鈍らせていたのです。
教育コストと時間の現実
田中さんが入院したとき、経営者が最初に考えたのは「後継者を育てよう」でした。
しかし現実を整理してみると、話が単純ではないことがわかりました。
五軸のCAMを一から習得するには、最低でも1年以上かかります。
機械のクセや段取りのコツを現場で身につけるにはさらに時間が必要です。
そして今の若い社員は、まだ3軸の基本も習得中という状況でした。
育成に1〜2年かける間も、機械のリース料・メンテナンス費・スペースコストは動き続けます。
「育てながら待つ」という選択肢は、コストと時間の両面でB社の規模には重かった。
後継者問題との重なり
田中さんは当時62歳でした。
体調が回復しても、あと何年動けるかはわからない。
B社の経営者自身も50代後半で、明確な後継者はいませんでした。
設備の後継者問題と、会社の後継者問題が、同時に頭の中で絡み合っていました。
「五軸を引き継げる人材を育てたとして、その人が会社を継ぐかどうかもわからない」
そこまで考えると、田中さんの回復を待ちながらも、決断は後回しになり続けました。
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職人の引退が突きつけた現実
稼働停止=固定費だけが残る構造
田中さんが正式に引退を申し出たのは、入院から半年後のことでした。
B社の経営者にとって、それは予期していた話ではありましたが、現実として突きつけられると重さが違いました。
翌月から五軸は完全に止まりました。
しかし止まっても、機械に関わるコストは発生し続けます。
リース残債、定期メンテナンス費、機械が占めるスペースの賃料換算、電力契約の基本料。
「動いていないのにお金が出ていく」という状態が続く中で、経営者の判断は次第に固まっていきました。
外注化という選択肢
五軸を手放すことを検討する前に、B社は外注化も検討しました。
近隣に五軸加工を請け負う工場があれば、自社では持たずに必要なときだけ依頼できる。
設備を持つリスクを外部に移す、という発想です。
実際に数社に問い合わせたところ、受け入れてくれる業者が2社見つかりました。
コスト試算をしてみると、自社保有の固定費より外注費の方が安くなる案件もあった。
「五軸加工ができる会社」と「五軸を自社で保有する会社」は、必ずしも同じではない。
この整理が、B社の経営者にとって大きな認識の転換でした。
五軸を保有する意味の再定義
B社は最終的に、次の4点を整理しました。
① 五軸売上比率
全売上に占める五軸案件の割合。B社では田中さんの稼働がピーク時でも約25%でした。
② オペレータ複数化の可否
現有人員で、五軸を扱える人材を育成できるか。結論はNoでした。
③ 年間維持費
リース・メンテ・スペースを合算した年間コストを試算。稼働ゼロでも年間で相応の額が出ていた。
④ 今後の案件見込み
田中さん不在で五軸案件を受けられる見通しがあるか。これもNoでした。
4つの問いに対して、保有継続を支える答えが出てこなかった。
それが売却判断の根拠になりました。
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なぜメーカー下取りではなく買取業者だったのか
メーカーの再販ロジック
B社が最初に確認したのは、導入時のメーカー・ディーラーへの相談でした。
回答は「新機種への更新を前提に下取り価格を出す」という内容でした。
次の機械を買うことで査定が成立する、という仕組みです。
B社の判断は「縮小・整理」でした。
新しい機械を入れる予定はない。
メーカーのスキームは、そもそもB社の状況に合っていませんでした。
現状渡しの合理性
工作機械買取業者への売却は、現状渡しが基本です。
整備・清掃・書類整理を完璧にしてからではなく、現状のまま引き渡す。
B社にとってこれは合理的でした。
引退を決めた田中さんが機械の最終整備に関わることへの遠慮もあった。
また、経営者自身が五軸の細部を把握していたわけではないため、「現状のまま見てもらえる」という安心感があった。
解体・搬出一括対応の安心感
工作機械の搬出は、素人が手配できるものではありません。
重量物の固定・養生・搬出経路の確保・トラック手配・設置場所の補修。
買取業者は、こうした搬出作業を一括で対応します。
B社の経営者にとって、「搬出まで全部やってくれる」という点は、精神的な負担軽減として大きかった。
精神的な区切りがついた理由
業者が機械を搬出した翌日、B社の経営者はこう言っていたそうです。
「あそこにスペースができたら、ようやく次のことを考えられる気がした」と。
売却は「諦め」ではありませんでした。
物理的に機械がなくなることで、「田中さんの時代の終わり」と「次の体制の始まり」の境界線が引けた。
精神的な区切りとしての売却、という側面は、経営判断の合理性とは別のところで意味を持っていました。
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五軸を手放すべきか迷ったときの判断基準
以下の状態が重なっているとき、一度現状を整理することをおすすめします。
「売るべき」とは言いません。ただ、「今の体制で保有を続ける根拠」を言語化できない状態は、それ自体が問題です。
① 特定1名への依存度が70%を超えている場合
段取り・プログラム・品質確認のいずれかを、1名が単独で担っている場合、その人が抜けた瞬間に機械は止まります。
依存度が高いほど、リスクは個人の健康・意欲・在籍状況に直結します。
② 後継者の教育期間が1年以上かかる場合
五軸の習熟には時間がかかります。
1年以上の育成期間を見込んだとき、その間の機械維持コストと育成コストを試算してみてください。
小規模工場では、そのコストが売却金額を上回るケースもあります。
③ 後継者・後任が未定の場合
「誰かに教えよう」と思っていても、教える相手が決まっていない場合、育成計画は動きません。
五軸の問題と後継者問題が重なっているなら、同時に整理する必要があります。
④ 五軸案件比率が減少傾向にある場合
導入当初より五軸案件の比率が下がっている、または今後増える見込みが立たない場合、機械の稼働率は回復しにくい状態です。
比率だけでなく「なぜ減っているのか」も確認してください。
「高度加工をやめる」ではなく「体制に合った形へ再設計する」
B社は五軸を手放した後、外注先との協力関係を整備しました。
自社では受けきれない複雑形状の案件は、信頼できる外注先を通じて対応する体制を作った。
「五軸加工ができる会社」としてのポジションは、形を変えて維持されています。
製造業では人材不足が慢性化しているという傾向があります。
多能工化や外注活用を積極的に進めるという考え方が広がっている工場もあります。
高度加工を自社保有で行うことが唯一の正解ではない、と整理している経営者も増えてきていると感じます。
設備を持ち続けることが技術力の証明ではありません。
限られた人員と資金の中で、どう案件を取り続けるか。
その答えが「売却+外注」であれば、それは撤退ではなく体制の再設計です。
まず自社の五軸について、依存している人材・育成の見通し・維持コスト・案件見込みを一枚の紙に書き出してみてください。
その作業が、次の判断の出発点になります。
五軸マシニングセンタの体制や売却判断に迷っている場合は、まずは現状整理からでも構いません。お気軽にご相談ください。




